誕生物語

Story

『ひとつな』ソーシャル・ネットワーキング・リレーは彼の暮らす小さな部屋で生まれました。

彼は、小学校・中学校まで何不自由なく《ごく普通の少年》として過ごしましたが、15歳になった頃、ある悩みから抜け出せなくなりました。

「自分の人生は何の為にあるのか?」

その悩みによって、彼は徐々に《ひとりきり》になっていきました。

高校には進学しましたが、周囲と馴染めず、すぐに学校を辞めてしまいました。そんな彼には『音楽』だけが救いでした。

「音楽の中に、その答えがあるかもしれない……」

彼は、幾つもの職場を転々としながら、音楽活動を続けました。

しかし、彼の人生に光は見えません。

「自分の人生は何の為にあるのか?」

その答えもわからぬまま、暗い年月を過ごしました。20代も半ばに差し掛かると、彼の孤独は一層強くなりました。同僚の裏切り。多額の借金、そして自己破産。さらには家族の自殺。彼の人生は真っ暗になりました。

「結局、人は、誰もが、ひとりきり……」

彼はこの広い世界で、孤独と無力感に押しつぶされ、誰かを《心から信用すること》も、自分の中の可能性を《強く信じること》も、難しくなっていました。

2009年のある日、彼は友人と再会しました。その友人は彼の中学校時代の親友で、彼の音楽を陰ながら応援していました。

「どうすれば、この音楽を、沢山の人に聞いてもらえるだろうか?」

彼は初めて、親友を頼りました。

彼と親友は、彼の暮らす小さな部屋で、長い時間に渡り話し合い、やがて二人は、方法を見つけました。

「まず最初に、世界中の人が集まる場所を作ろう!」

「そこで、自分の音楽を流せば良いんじゃないか!」

これまでの時間の多くを《ひとりきり》で過ごしていた彼にとっては、それはまるで《光のような閃き》でした。

また彼は、過去の経験から「ただ音楽を作っているだけでは、沢山の人に聴いてもらうのは難しい」と、痛感していた事もあり、この『新しい方法』に、強く希望を見出しました。

「老若男女、国籍や思想も分け隔てなく、沢山の人達が楽しめる場所……」

「そんな場所を、まずはインターネット上に作り上げよう!」

こうして、人類史上、誰もチャレンジした事のない、地球を舞台にした壮大な企画『ソーシャル・ネットワーキング・リレー』の最初のアイディアが生まれたのです。

彼らはそのアイディアを『ひとつな』と名付けました。

「質問や悩み相談に、見ず知らずの誰かが、ユーモアを交えて楽しく回答する!」

「国や年代、思想も超えて、世界中の人から人へ、リレーがつながっていく!」

彼らが描いたのは、まるで夢のような事柄でしたが、そこで生まれるであろう、沢山の《あたたかさ》を思うと、彼らは心からワクワクしました(それは彼が「自分の音楽を広める」という当初の目的すら忘れてしまうほどでした)。

彼がこれまで、幾つもの仕事を転々として身に付けた様々な技術は『ひとつな』を作り上げるのに、大いに役立ちました。ホームページ制作、写真撮影、訪問営業、その他数多くの経験。彼は、これまでの《経験そのもの》が、『ギフト』とも呼べる《ひとつの才能》であると気付かされました。

そして彼は、カメラを手に街に出て、見ず知らずの人達に、声を掛け始めました。

「ひとつなのリレーに参加してもらえませんか?」

しかし、数多くの人達が、彼の言葉を無視し、通り過ぎて行きました。さらには、職場の尊敬する上司に、アイディアの相談をしましたが、企画の無謀さを、ひどく笑われるだけでした。

「思い付いたアイディアは、ただの勘違いだったのか……?」

彼は自信を失い、冷静になればなるほど、この企画が現実的ではない気がして、恥ずかしさすら込み上げてきました。

しかし彼は、彼自身が最初に感じた《光のような閃き》を信じました。何より、彼が親友と共有した、あの《心からのワクワク》は決して幻ではないと、彼は確信していました。

彼は、心に決めました。

「誰に無視されようとも、誰に笑われようとも『ひとつな』をやめない」

彼が地道な声掛けを続けていると、やがて、街で彼の言葉に反応する人たちが現れてきました。

「それって何?」

「面白そう」

「是非とも参加したい!」

それは、リレーを《心から楽しんで》参加してくれる人たちでした。

彼は、彼自身が考えていた以上に、この企画を喜んでくれる人たちを目の当たりにし、思い付いたアイディアが《誰かの役に立っていること》を感じ始めました。

「決して一人では成し遂げられない」

そんな当たり前のことに彼が気が付き始めると、この『ひとつな』を応援してくれる人や、協力してくれる人が増えていきました。

彼はその後、2年半に渡り活動を続け、2012年までに『ひとつな』がつなげたリレーは、300組にも達しました。彼には大きな達成感がありました。

しかし同時に、現実も突き付けられました。

「ただ活動を続けてるだけでは、いつまで経っても、世界中にリレーは広まらない……」

世界中の人たちにリレーに参加してもらう為には、世界中にカメラマンが必要でしたし、何より、利益にもならない活動を続けていくのは、あまりに難しかったのです。

彼と親友はその後も、会う度に『ひとつなが描く夢』について語り合いましたが、具体的な解決策や方法は見つからぬまま、ただ年月だけが過ぎていきました。

2016年、夏、ある日の夜。彼が部屋の椅子に座っていると、突然、アイディアが降りてきました。

「今、この手元にあるスマートフォンなら、7年前に描いた夢を叶えられるかもしれない!」

当時は2年半を掛けて300組のリレーをつなげましたが、世界中のスマートフォンの〈アプリ〉でこのリレーができれば、300組がつながるのは、わずか数秒。その閃きに、彼は(まるで稲妻に打たれたように)全身が震えました。

リレーを初めた当時は、まだスマートフォンが一般的ではありませんでしたが、この7年という年月で、世界中の多くの人たちが、より身近に、手元の端末で、インターネットやアプリを楽しむ時代に移り変わっていたのです。

彼はすぐに親友に連絡を取り、この新たなアイディアを伝えると、親友は(もちろん)強く賛成しました。

また彼は、このアイディアを〈アプリ〉という形に仕上げられる人物と、すでに知り合っていたことにも気が付きました。その人物は、彼の音楽活動を通じて知り合ったピアニストでしたが、同時に優秀なプログラマだったのです。彼がアイディアを伝えると、プログラマは『ひとつなが描く夢』に、大いに賛同しました。

さらに彼は、二十数年ぶりに再会した幼馴染にも『ひとつなが描く夢』を伝えました。幼馴染はそのアイディアに感激し、懇意の投資家にプレゼンテーションを行う機会を、彼に設けました。

彼が投資家に会い、アイディアのプレゼンテーションを行うと、投資家は深く感動しました。そして投資家は『ひとつなが描く夢』を叶える為の資金を、彼に出資しました。

(驚くべきことに)彼に稲妻のようなアイディアが降りてきた日から、彼が投資家にプレゼンテーションを行い、資金を得られた日までは、わずか50日の出来事。4年間もの間止まっていた歯車が、再び動き始めると、その動きは(彼自身にも)信じられないほど滑らかでした。

彼には、それがまるで、時代が《この瞬間を待っていたかのよう》にも思えました。

2016年、秋。彼と彼の親友は『株式会社ひとつな』を立ち上げました。2009年当時、彼の暮らす小さな部屋で描いた夢を、この『地球』という大きな舞台で実現する為に。

「自分の人生は何の為にあるのか?」

彼は改めて思いました。

「自分の人生は、この為だったのかもしれない……」

彼は確信しています。

このリレーが、世界中の沢山の人たちで《つながる》ことを。

彼は確信しています。

このリレーは《ひとりきり》では、決して成し遂げられないことを。

彼の人生に、何一つ、無駄なことなど無かったように。

この世界では、誰一人、欠かすことはできないと。

ひとつなとは?

ひとつなとは?

地球を舞台にした壮大な遊び
そして人類史上初の試み

これまでの歩み

これまでの歩み

世界中に
リレーをつなげるべく

ひとつなが描く夢

ひとつなが描く夢

ひとりひとり違うけど
みんなどこかでつながっている

みんなでチャレンジ

みんなでチャレンジ

地球のみんなで
リレーをつなごう